【朝鮮戦争】分断を招いた米ソ代理戦争はなぜ起きたか分かりやすく解説

朝鮮戦争は1950年から1953年まで韓国と北朝鮮の間で発生した戦争です。休戦協定が結ばれていますが、今もなお韓国と北朝鮮は戦争状態が続いています。

この朝鮮戦争はなぜ起こり、どういった結果を招いたのでしょうか。

簡単に分かりやすく解説します。

朝鮮戦争とは「膨大な死者数を出した米ソの代理戦争」


朝鮮戦争は1950年から1953年にかけて発生した戦争で、国連軍率いる韓国と、ソ連と中国率いる北朝鮮が軍事衝突しました。

アメリカの国防省によると、アメリカ軍は3万3686人の死者を出し、約24万5000から41万5000人にのぼる韓国側一般市民が犠牲になったと言われています。一方の中国の公式発表では、北朝鮮軍は29万人、中国軍は11万4000人が亡くなったといいます。

朝鮮半島で核が使用される直前までの状況になったので、非常に緊迫した戦争でした。

なぜ朝鮮戦争は発生したのか

時代背景

朝鮮戦争は第二次世界大戦が終結するまで、日本の領土でした。

そして、1945年のヤルタ会談の極東秘密協定で終戦後は米英中ソが朝鮮半島を統治することが決まりました。しかし、終戦末期にソ連は満州に流れ込んで来ており朝鮮半島を共産化するのではないかとアメリカは警戒していました。

それから米ソが対立する中、1949年8月15日にアメリカが支援する大韓民国、9月9日にソ連と中国が支援する朝鮮民主主義人民共和国が建国されます。この時点で軍事大国だったソ連と中国の支援を受けた北朝鮮は、軍事面で韓国より優れていました。

アチソンラインが朝鮮戦争の原因

1950年1月にアメリカの国務長官ディーン・グッダーハム・アチソンが「アチソンライン」というアメリカの防衛線を明言します。このラインは、主に日本海に引かれており、この線を超えて共産勢力が進行してくれば、アメリカは軍事措置を取ると宣言したものです。

重要なのは、そのラインの内側に朝鮮半島は入っていませんでした。そのため、北朝鮮はソ連と中国の承認を得て、1950年6月25日に突然韓国に攻め込んできて、国連の制止を振り切って3日でソウルを制圧します。

朝鮮戦争の詳細

北朝鮮軍の奇襲を受けて、国連軍が対応

アメリカは北朝鮮が攻めてきたことを受けて、日本駐留のアメリカ軍を出動させます。一方で、北朝鮮は南の都市である釜山まで攻め込みます。

7月7日には国連軍が朝鮮半島に派遣されますが、実態は9割がアメリカ軍の兵士でした。

9月15日にアメリカ軍が朝鮮半島に上陸して、ソウルを奪還します。

これが仁川上陸作戦で、南部まで攻め入っていた北朝鮮の隙をつきました。

アメリカ、国連軍の反撃に中国軍登場

そして、アメリカ軍は北に進み10月20日に平壌(ピョンヤン)を奪います。

これで一件落着かと思いきや、今度は中国が中国軍を朝鮮半島に派遣します。ソ連は中国に参戦させることで、アメリカがソ連をさらに敵視することを避けました。

また、中国が参戦した結果、また北朝鮮は勢力が拡大してアメリカ軍は平壌とソウルを手放すことになります。

一方でこの頃の日本は海上保安官や海上輸送に携わる民間人など8000人以上がこの戦争に携わり、開戦から半年で56人が命を落としてます。

マッカーサーの暴走と解任

アメリカ、特に当時のトルーマン大統領としては、何がなんでも韓国側から38度線を超えて朝鮮半島を制圧するつもりではありませんでした。

しかし、現場を指揮していたマッカーサーは今までの作戦が上手く行かずに北朝鮮に押された焦りもあってアメリカ本国の意向を無視して強硬策に出たり、「中国を駆逐する」などと言って煽ったりしていました。

そして、極め付けにマッカーサーはトルーマン大統領に対して、日本が中国に建国した満洲国(首都は現在の長春市)時代の施設を破壊したり、核兵器の使用を求めたりします。

暴走したと見なされてマッカーサーは1951年4月に解任され、アメリカに帰国して軍人を引退します。

指導者の交代で休戦へ

1951年6月23日に停戦がソ連の国連大使、ヤコク・マリクによって提案されます。

その後、1953年1月、政権交代でアメリカにアイゼンハワー政権が樹立し、3月にスターリンが死亡します。これが引き金となって1953年7月27日に板門店で休戦協定が結ばれました。

この休戦協定は北朝鮮は調印式に参加していますが、韓国は朝鮮半島を統一できなかったという理由で参加していません。

朝鮮戦争がもたらしたもの

朝鮮戦争が起こったことで、朝鮮半島は以下のように変わりました。

  • 北朝鮮と韓国に朝鮮半島が分断してしまった
  • 離散家族(北朝鮮と韓国に忘れて住むことになった家族)

朝鮮半島には、金日成(キムイルソン)率いる朝鮮民主主義人民共和国、朴正煕(パクチョンヒ)大韓民国という国家が生まれてしまいました。ただし、日本は韓国は国家として承認していますが、北朝鮮は国家として承認していません。

そのため、北朝鮮は台湾と同様に「地域」扱いで未承認国家です。

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そして、朝鮮半島には朝鮮民族が住んでいますが、戦争によって38度線を超えてバラバラになった家族がいます。そのまま、一緒に生活ができないまま現在まで続いており、定期的な面会の日にしか会えません。

朝鮮戦争の日本への影響

朝鮮戦争は日本に特需をもたらしました。

朝鮮戦争が朝鮮半島で発生し、地理的にも近くにあった日本は軍事基地・補給基地となりました。たとえば、以下のようなものが朝鮮半島の国連軍に送られました。

  • 土嚢用麻袋(どのようようまぶくろ、爆発物の処理等に使用)
  • 軍用毛布
  • 綿布
  • トラック
  • 航空機用タンク
  • 砲弾
  • 鋼材
  • セメント

また、トラックの修理や基地整備なども日本が行いました。

その結果、たった1950年の戦争開始から1955年まで36億ドルの利益を日本にもたらしました。当時の日本の貿易輸出額は10億ドルほどだったので、いかに莫大な利益を得たのかが分かります。

まとめ

今回は朝鮮戦争についてご紹介しました。

朝鮮戦争は、同じ民族の間で起こった米ソの代理戦争でした。朝鮮戦争に大きな傷跡を残しましたが、一方で日本には特需が起こったのです。

ぜひ、参考にしてみてください。

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