台湾デモを簡単に分かりやすく解説|ひまわり運動と雨傘運動に関係?

今回は台湾のデモについてご紹介します。

台湾では近年、デモが多発していてその原因もさまざまです。どういった理由でデモが行ったでしょうか。

台湾のデモについてわかりやすく解説します。

台湾のデモはふたつある!

台湾のデモは近年大きく分けて、ふたつありました。それが下のふたつです。

  • ひまわり学生運動
  • 台湾における香港デモ

それぞれ、デモの主導者や目的、それからデモの要求相手も異なるので、順に説明します。

ひまわり学生運動

ひまわり学生運動とは

ひまわり学生運動とは2014年3月18日に発生したデモです。ひまわり運動とも言われています。中台間のサービス貿易協定に反対した台湾人の学生たちが立法院という日本の国会議事堂のような施設を占拠しました。

なぜ「ひまわり」なのか

デモ隊はひまわりを希望の象徴だと見ていました。ひまわりは太陽の光で花を咲かせます。これを自分たちの環境に重ねて、暗い世界に光を指す、つまり台湾の将来が太陽のように明るい方向を向くという意味を込めて、ひまわりが活動の象徴として使われました。

デモが始まった当初、ある人が最初にひまわりを立法院に送ります、そして、次第にそのひまわりが平和の象徴として使われます。デモがテレビを通して伝えられる度に、ひまわりのインパクトも大きくなり、多くの人がデモ隊にひまわりを送りました。

その結果、多くのひまわりがデモ隊に、届き同じように世界の人々にもデモのシンボルとしてひまわりが認知されるようになりました。

なぜ起こったのかわかりやすく解説

サービス貿易協定は負の側面を持つ

まず、大前提として2014年頃は台湾と中国の関係が良好だった時代です。中国国民党の馬英九(ばえいきゅう)政権のもとで、特に経済的に深い結びつきを強めて戦争の危険は少なくなりました。

馬英九はもっと中国大陸と経済的に結びつきを強めようと考え、中国と台湾の間で「サービス貿易協定」を調印しようとします。「サービス貿易協定」とは、サービス業の自由化であり、医療や建設などといったサービス業をお互いに市場を開放するというものです。

中国側が80分野、台湾側が64分野を開放する予定でした。

 

しかし、台湾の知識層の間ではこの協定は台湾にとって「不利なのでは」と言われていました。その代表的なものが、台湾の中小企業が壊滅するということです。

協定を結べば、台湾に中国企業や中国人労働者が大量に参入してきます。そうなると、台湾の中小企業や働く人は失業してしまいかねません。

 

日本でいうと、商店街にショッピングセンターができたことでお客さんを全部取られたような状態です。

その他にも、印刷分野が解放されると、言論の自由が中国によって脅かされるのではないだろうかと言われていました。

政府の対応へも問題あり

サービス協定に関して、2014年3月17日から最終的な審議が立法院で行われていました。負の側面について気づいていた、当時野党だった民進党は反発の声をあげていました。

しかしながら与党だった国民党は、話し合うつもりはなく一方的に協定に同意しようとしました。

そのやり取りを見ていた、学生たちが憤って立法院でデモを行うようになったのです。

結果はどうなったの?

デモは過熱

台湾の歴史上、これほど大規模なデモ活動を起こすのは初めてでした。 台湾の当時の輿論調査では学生の行動に対して51%が賛成し、「サービス貿易協定」には68%が反対していました。

2014年3月30日には主催者発表で50万人のデモ隊が集まり、警察と睨み合いになる場面もありました。

デモ隊たちは「サービス貿易協定」を立法院が監視する法令を求め、 紆余曲折ありましたが、 馬英九もこれを認めます。しかし、協定そのものは破棄することはしませんでした。もちろん、デモ隊もこの態度に反発を繰り返します。

デモの終焉へ

2014年4月6日に立法院の王金平院長はデモ隊の要求に応じ、「サービス貿易協定」を立法院が監視する法令が法制化されるまで、サービス貿易協定の審議は行わないという表明をします。デモ隊とも合意が取れたので、これがきっかけでデモ隊も立法院から撤去します。

そして、 2014年11月29日に行われた、 統一地方選挙では国民党が大敗し、総統だった馬英九も辞任します。

政党ができた

このひまわり運動の指導者だった林昶佐(チョウリンサ、フレディラム)たちは民進党と国民党の二大政党にかわる第3の選択肢として、時代力量という政党を立ち上げます。ちなみに、林昶佐はメタルバンド「ソニック」のボーカルであり、日本で講演を行ったこともあります。

時代力量はその後、勢いを落としており、現在、台湾の4番目の政党となっています。

ひまわり学生運動と雨傘革命の関係

台湾でひまわり学生運動が起こった時、香港デモ台湾のデモを支持する目的で香港人800人がデモ行進を行いました。

また、実は香港は、中国と台湾の「サービス貿易協定」が議論になる前に、中国との間で似たような内容の「両岸経済協力枠組み協議」を締結しています。 それに加えて、香港では中国の脅威を台湾以上に感じているので、香港のの若者たちはひまわり学生運動に共感していたのです。

 

そして、2014年9月に香港で雨傘運動が起こります。 これは、香港の選挙が中国によって意図的に操作されていることに反発を持った学生たちが起こしたデモです。

これに対して、ひまわり学生運動のデモ隊だった人は、香港に応援に出向いたり、台北と高雄で雨傘運動を支持するデモが起こりました。どちらも1000人以上の支持者が集まりました。

ひまわり運動を描いた映画もある?

ひまわり運動を題材にした『私たちの青春、台湾』という映画があります。ひまわり運動の指導者、中国人留学生、そして、香港のデモ団体の関係性を描いています。これを通して、台湾、香港、中国の関係性や民主主義とは何かというのが学べます。

書籍版も販売されているので、興味のある方は見てみてください。

台湾における香港デモ

香港では2014年の雨傘運動以降にも、2019年に逃亡犯条例を巡るデモがありました。香港でのデモが台湾にも飛び火したのです。「今日の香港、明日の台湾」という言葉があって、台湾人たちは今日の香港情勢がやがて自分たちの未来になると考えています。

そのため、台湾でも香港を支持する動き、そして民主主義を守ろうとするデモが定期的に起こっているのです。また、香港から台湾に移住した香港人も台湾でデモを行うということもあります。

まとめ

今回は台湾のデモについてご紹介しました。台湾には、中国の脅威があって、なおかつ民主主義を守りたいという考えが若者中心に根付いています。どのデモもその思いに通じるものでした。

ぜひ、この記事を参考にしてみてください。

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